2004年9月のエントリー 一覧

感謝。

1パケ300円のマリファナを肺に入れたり、
もうちょっとお金を出して、ドラッグを口から摂取すれば、
それらは血中に溶け込んで、脳へと侵入する。
そしたら、30分後にはリアルに「幸せ」を感じることができるのに。

でも、どうも現実で、「それ」を感じるのは難しいことのようで。
どれだけ汗を流そうが、涙を流そうが、
あるいは三半規管が眩暈を起こすだけかもしれない。
そして、何年たっても「幸せ」は掴めないかもしれない。

最近わかったことは、人は思ったよりも弱くて、思ったよりも強い。
時間は無常に流れてるけど、止まったまま流れてもくれない。

そんなことをうつらうつらと考えてたら、
3つも飲み会をサボるはめになった。。。関係者各位ごめんなさい。

そして、察してかどうかわからないけど、こんなときに限って、
タイミングよく届く手紙やらプレゼント。

どうしてこうも絶妙のタイミングで救いの手が届くのか。
こうした嬉しい誤算によって僕は生かされているのです。
なんとなくポストに投函してくれた方々、本当にありがとうございました。

無駄話。

何かを得るためには何かを犠牲にしなくては。

とは、よく口にされる言葉ですが。

何を捨て、何を掴んできたのか。

何も考えず生きてきたようにみえて、
でも、ふと考えてみれば、取捨選択の繰り返し。

くだらない。

本当に全部くだらないことです。

何を捨て、何を掴むかなんて、くだらない。

テロの日。

今日はぶっちゃけ何の日でもない。
ただ、何年か前の今日、『一般市民』と呼ばれる多くの人が殺された日です。
もちろん、そんなことは、いくつかの国と地域で今日も起こり続けてる。
当たり前の一日。
たまたま、『発言力』を持つ人たちの仲間が殺されてしまった悲しい日です。

宗教。神様。そういうのが違うから、だから隣人と殺しあう。というのがユーゴ紛争の解釈。
北部同盟のある指揮官の弟はタリバンの兵士だったって。共通の目的は、平穏に暮らす事。
遠く離れた国の『政治』が、遠く離れた国の人をミサイルで焼く。イラク戦争。

もちろん、これら以外にも、僕らが目をそらしている間にも、
あるいは知らないところで、人が人を殺してます。人が人に殺されてます。

こうしたときに、『発言力』がない人々は、力をもたない人々は、何をしたらいいのでしょう。
例えば、体に爆弾を巻きつけて、他の誰かを殺せばいいのかも。
自分の死と引き換えに。
誰かを殺したり、誰かが殺されたり。
それはきっと、
神様のためかもしれないし、自民族のためかもしれないし、お国のためかもしれないし、
家族のためかもしれないし、政治思想のためかもしれないし、お金のためかもしれない。
あるいは、理由なんてないかもしれない。
敵と呼ばれる人々を、理由も知らずに、憎んでいることもあるでしょう。

自民族どうしで、殺しあうのは悲しいこと。
隣人同士が、殺しあうのも悲しいこと。

『はじめにロゴスありき。』

ってこの間、僕は書きました。
『ロゴス』が『言葉』だったとして。

宗教が違う、文化が違う、国が違う、肌の色が違う、歴史が違う。

様々な違いがあるものの、人間には『言葉』という共通のツールがある。
ニモカカワラズ、武器をもち、火薬をばらまき、相手を殺し、殺される。
だからこそ、そうした行為が、悲しくて、滑稽で、卑劣な行為に映るのでしょう。

何年か前の今日、僕達の『仲間』である『一般市民』の多くが殺されてしまった。
今年の今日、あるいは昨日、
中東の知らない国で殺されたであろう『一般市民』も、きっと、もちろん僕らの『仲間』。

あの日、飛行機をハイジャックした人も、内戦がなければ、善良な『一般市民』だったはず。
今日、イラクで子供とかを撃っちゃったりしたアメリカ人も、故郷では、家族が待っている。

殺した人も僕らの『仲間』。人間です。

みんなが加害者になり、みんなが被害者になる。
おかしな時代になりました。

罪な奴☆想像力


たまに思う。人間てつくづく面倒くさい。

『明日のことを思い煩うな。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。』
マタイによる福音書に書いてあるらしい。
クリスチャンではありません。ちょこっとずつ読んでる本に書いてありました。

引用後、著者はこう続けました。
『人間は、想像力という危険な賜物を神から授かっている。』

まさしくもって、この通り。だから人間は面倒くさい。

まあ想像力とかがあるから、人間はここまで繁殖して地球を支配できたんだろうけど、
そいつのおかげで、抑制されたり、悩みが増えてるのも事実。

てか、むしろ、想像と苦悩は表裏一体。
想像するから悩むのであり、想像できなきゃ悩まない。

て、別に何かに悩んでるわけでもないし、これといった問題もないんだけどね。

こんなに暇を与えられたのは、たぶん、ここ数年なかったことだ。
落ちようと思えばどこまででも沈めるし、
上がろうと思えばどこまでも高く行ける。
自由な時間があるって、とってもプレッシャー。

自由って本当に怖いものです。

あ、ちなみ、写真は最近購入したラヴリーでじかめ。
オプションその他で13万円なり。
かなりのお気に入り。あとは三脚だ。 

どの作品でも、かっこ良い+かわいい=かわこいい。
というキャラが出てて、まさに僕の目指すとこを地でいってるコメディアン。

はじめて見たのは、高校の頃かな、『ビリーマジソン』
文句なしに面白い。そして、全体的にハートフル。
どたばたミュージカル的要素が入ってるこの脚本。
アダム自身も加わってるのだ。スバラシイ。

そしてアメリカでたまたま見た『ミスターディーズ。』
気づかなかったけど、相手役はウィノナライダーだったのね。
これもリメイクらしいけど、やっぱり脚本に加わってます。

そして、なんで今更アダムサンドラーかというと、
この前バンコク行きの飛行機で、たまたま新作を見てしまったから。
『50ファーストデーツ』
いや、おもしろかった。嫌いなドリューバリモアすらかわいく見えた。
ってか、もはや僕には彼しか見えていないが。

そいで、帰ってきてぶっちゃけやることないので、レンタルビデオで借りてきた。

『ビッグダディー』と『パンチドランクラブ』
ビッグダディーは、それなりに面白い。
そして、僕が絶賛すべきは、パンチドランクラブ。
監督がPTAというのにもよるのかな。いや、サンドラーの演技でしょ。
コミカルななかにも哀愁漂いみたいな。
こんな演技ができたんだ。ってすごく感動。やっぱりすごい。

ということで、来月からは新作がレンタルビデオ屋さんに
出回るので楽しみです。

って、これだけアダムサンドラーを褒めたので、
誰かひとつくらい見てあげてください。
お勧めは、①『ビリーマジソン』、②『パンチドランクラブ』、③『50ファーストデーツ』です。 

誰かのために。

自分のために。誰かのために。

何か行動を起こす時には理由が要る。

それは、自分のためなのか。それは、人のためなのか。
人のためと言いつつも、多くの場合はめぐりめぐって自分のためだったりする。

自分のためにできないのなら、人のためにすればいい。
そういう理由をつければいい。
そういう他人の利用の仕方もありかもしれない。

そうやって自分を納得させることも、あるいは許されることかもしれない。

見守っててくれる人がいる。
僕の帰りを待っててくれる人がいる。
心配してくれる人がいる。
次に会うのを楽しみにしてくれる人がいる。

その人たちのために、旅に出るのも、ありかもしれない。

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