ウィスキーのヤギの血割り。飲んだことありますか?
ということで、結局ルアンプラパーンにいます。
あのオンボロバスは。一番後ろに席を見つけ。
もちろんエアコンなし。リクライニングなし。
足も揃えておけないので、体育座りのような格好で。身動きとれず。
しかもたまに後ろから荷物が滝のように振ってくる始末。
外国人は僕と、通路はさんでとなりの欧米人。
荷物を押しのけ声をかけると、タイの大学で教授をしてるアメリカ人。
僕の行程がわかると、トルコに残る遺跡について、
彼の専門だと言うレジスタントアートの視点から、わけのわからん単語を並べて
熱弁を振るう始末。話しかけたの失敗だった。。。
と。でもやっぱり日本人なので、フムフム彼の話を聞いてたら。
『でもベトナムは。。。
若い世代は別として、年配の人々が、自分のことを。アメリカのことを。
どう思っているか考えると。。。』
なんて言い淀んでるから。ああ。あのアメリカ人にも。
教授ともなればそんな殊勝な考え方ができるのかと。
日本もそう。韓国や中国、アジア諸国との歴史を考えれば。
同じことが言えると思う。なんてついつい共感してあげた。
アメリカ人。僕の中で久々にポイントアップ。
ということで、やっぱり彼は、途中の町バンビエンで降りて行き。
(バンビエンは東洋のアムステルダムと評されるほど、葉っぱの有名な町なのです。)
でも今回の旅。葉っぱのおいしさなんてなんのその。
僕は思いを断ち切り独りルアンプラパーンへ。
隣の席には小さな子を連れた母親が独り。
何時間も子供を抱き続ける母の強さに胸が震える。
ということで、なぜか。
このバスで、この母子を守れるのは自分だけだと。
よくわからない父性に芽生え、振ってくる荷物から彼ら二人を守るのでした。
結局バスが着いたのは午前6時。
12時間同じ体育座りで。
エコノミー症候群どころかローカルバス症候群だと。
日本人宿を見つけ、彼らと仲良くなるのもそこそこに。
近くでヤギを裁いてたラオス人学生と仲良くなり。
パーティーにお呼ばれをして。
ダンスやらお酒やら、パタンやら。
ということで、ウィスキーのヤギの血割り。かなりキタ。
角でできたカップに入れて飲みます。
30時間超のバス旅の疲れもあってか、
そのまま宿の部屋で倒れたように眠り込み。
夕方起きたら風邪ひいた。
あたまイタイ。ボウッする。ゾワゾワもする。
喉もかれてる。節々も痛い。
風邪の見本市みたいな。あらゆる風邪の症状が僕を襲う。
我慢できずに日本から持参の風邪薬を飲み、
あらゆる服を着込み。
寝袋にくるまり、また横になるのでした。

