2001年。初海外の地に選んだのはインド。
夜中に着いたデリーの空港は。薄暗くって穴ぼこだらけ。
不安と恐怖で外に放り出された僕を囲んだ黒い肌、白い目。無数の客引き。
いくつかの場所を連れまわされながらも、
やっとの思いでホテルまでたどり着いたのでした。
それから10年経った今でも、
デリーでは夜の到着時に事件に巻き込まれることが多いという。
クアラルンプールを夕方発った飛行機が、デリーについたのは夜9時過ぎ。
インド人に再び戦いを挑むべく、あえてホテルを取らずに臨んだ今回の旅。
がしかし。真新しいターミナルには、動く歩道がついていて。
コンビニやら旅行会社やらDutyfreeまで開いている。
市内まで行く時間はなかったので、空港のカウンターへ。
適当なホテルを適当な値段で取ってもらえた。
タクシー乗ったら、ちゃんとホテルまで運んでくれた。
ホテル行ったら、ちゃんと交渉通りの料金しか請求されなかった。
なんだここ。インドじゃないじゃない。
そして翌朝。またも時間通りに迎えのタクシーがちゃんと来て、
カトマンズに飛ぶために再び空港へ。
しかも紛失したEチケットも無料で再発行。
当たり前のことが当たり前にできている。。。
当たり前が当たり前じゃないって教えてくれた母なるインドは今どこへ。
なんだか腑に落ちないままにチェックインを待つ列へ。
ふと見ると、となりの列にぽつりとかばんが落ちている。
布製の黒いかばんが床に。ただただ放置されている。
そのうち警察官が現れ無線連絡。遠巻きにわらわら集まる警察官。
誰も手を触れようとしない。
インドとパキスタンは長い間、紛争状態にあり。
カシミールの独立勢力は爆破テロを繰り返している。
この真新しいターミナルがテロの対象となっても不思議ではない。
殺傷力は、3人死亡、12人負傷みたいなコンパクトサイズ。
僕からの距離1m20cm。
距離的には結構な確率で死亡のほうにリスト入り。
あわー。せっかく帰りのチケット、バンコク経由で取ったのに。
直行便の、しかも貨物室で帰るのかと。
しかも事件の大きさ的には、なんというか、すごく地味めだ。。
そう思った刹那。足音を立てて走り寄る3人の小さな女の子。
笑いながらかばんを拾って去っていった。。
や。てかね。爆発物が云々よりも。
かばん落ちてるのに誰も盗まないことにびっくりでしょ。
あの抜き差しならないインドはどこへ。
その謎をとく暇も無く、僕をのせた飛行機は、カトマンズへ向け飛び立ったのです。
(しかもやっぱり定刻どおりに。)